2019年12月11日

小論文チャレンジ04

今日、仏像は美術館や博物館に展示されたり、美術番組で取り上げられたりすることが多いが、「仏像」は美術品なのか、人の心のあり方も含め、あなたの思うところを800字以内で論述せよ。
(2016倉敷芸術科学大学 芸術学部 デザイン芸術学科・メディア映像学科)

 ここでは、美術品とは「作者が自己を表現して、鑑賞する人の心を動かすものである」ととらえることにする。だとすると、仏像が美術品かどうかは、見る人や時代とともに変わることになる。これは、次の3段階で変化してきたと私は考える。

 まず、日本に仏教が伝来して間もない時代には、仏像は信仰のために作られたものであり、決して美術品ではなかった。作者不詳のものが多いことからわかるように、仏像は作者の自己表現ではなかったのである。仏像を彫っているときに作者の頭にあったのは、人知を超えた何か宗教的なものであろう。また、お寺におかれた後も、信徒は仏像が美しいから訪れるのではなく、信仰の対象として訪れていたのである。

 しかし、時代がへて仏師が職業として成り立つようになると、彼らは名前を残すようになる。つまり、仏像制作が「作者の自己表現」であるとも言えるようになってきた。仏像が美術品となる条件がひとつ整ったのである。また、近現代には仏教への信仰はしだいに弱まってきたが、もうひとつの条件である「仏像を美術品として鑑賞する人たち」は増えてきた。したがって、美術に興味のある人のために仏像が博物館にあるとき、あるいはテレビ番組で取り上げられるときには、仏像は世俗化していて美術品である。

 ただし、現代においても、見る人が変われば仏像は美術品ではなくなる。マーケット社会といわれるように、今はあらゆるものが市場で値段をつけられる時代である。例えば、ネットオークションで売買されるときや、美的価値にはあまり興味がない観光客に秘仏が公開されるときには、仏像は美術品ではなく単なる商品となっている。

 以上のように、仏像が美術品かどうかは、見る人の心のあり方や時代とともに変わってきたし、今後も変わっていくだろうと私は考える。(約780字)
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2019年12月03日

小論文チャレンジ03

東京大学教養学部教養学科 平成31年度推薦入試
問題文は、こちら

(一)
アメリカではトランプ大統領が当選して以来、メキシコとの国境で緊張が高まっている。トランプ大統領は2016年に「アメリカファースト」を合言葉に当選した。主要な政策のひとつは移民の制限で、メキシコとの国境沿いに壁を建設しようとしている。2018年末には移民キャラバンとよばれる数千人の集団が、中米諸国からアメリカとの国境まで到着した。しかし、トランプ大統領は軍隊を投入してまで彼らの入国を阻止しようとした。
(約200字)※1行あたり40文字と考えました。

(二)
 「一九八九年の精神」とは、共産主義諸国がつぎつぎと崩壊して、ベルリンの壁に象徴されたイデオロギーの対立が終わり、西欧型の自由民主主義が普遍化したことを指している。筆者によると「一九八九年の精神」は西欧型政治経済システムの絶大な権威によって、世界の均質化と平和の実現を目指す構想であったという。

 西欧型の自由民主主義の第一ヴァージョンの時代には、イギリスのサッチャー首相とアメリカのレーガン大統領の進めた新自由主義が力をもった。新自由主義とは、民営化・規制緩和・市場原理主義によって経済をめざましく成長させて豊かさを実現するという考え方である。ところが、実際には豊かさが国民全員にしたたり落ちてくることはなく、グローバル化の勝ち組はアジア諸国の新興グローバル中間層と、豊かな国の超富裕層である。一方、最大の負け組は豊かな国の下位中間層であり、先進国においては超富裕層と下位中間層の間の格差はしだいに広がっている。

 中間層や下位中間層の不満を代弁するのは、かつては左翼の役割であった。しかし、イデオロギーの対立が終わって左翼は力を失い、移民排斥を主張するポピュリストが支持されるようになったのである。(一)で例を挙げたように、ポピュリストが力をもつとともに、大小さまざまな緊張が高まっている。つまり、「一九八九年の精神」の理念である「世界の均質化と平和の実現」とは正反対に、格差は拡大していき、緊張関係はますます高まっていきつつあるのだ。第一ヴァージョンの失敗は明らかである。

 第二ヴァージョンの時代において、世界の均質化と平和を実現するには、新しい意思決定システムが必要である。第一ヴァージョンの最大の問題点は、大衆が正確な判断材料をもっておらず、せん情的な言葉におどらされて合理的な判断ができないことである。その結果、長期的には自分の不利になる政党に投票してしまうのである。その根本原因には、一部の政策決定者たちに情報が独占されていることと、大衆が政府の活動を監視できていないことがある。私の構想は、デジタル民主主義である。これは政府の情報公開と、より多くの市民の政治参加を特徴としている。勝ち組のひとつである台湾の成功に見習うことである。 その好例は 台湾には オードリー・タンという若きデジタル大臣がいる台湾である。彼女は超天才プログラマーとしても知られており、つぎつぎと画期的な意思決定支援システムを開発している。インターネットを活用して政府の透明化を推進しており、彼女のメールはすべて公開されているという。市民と議論できる環境を構築して対話の実現に取り組んでいるし、フェイクニュースへの対応でも実績をあげている。

 以上のように政府を透明化し、より多くの市民との対話を実現することによって、新たな形で社会問題を解決していくことができる。このデジタル化された意思決定支援システムによるデジタル民主主義こそが、世界の均質化と平和を実現するための起爆剤になると私は考える。
(約1200字)※赤字は、お湯先生のご指摘にもとづき考えなおした部分です。
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2019年11月29日

小論文チャレンジ02

「ことば」は時代とともに変化する。「来られる」→「来れる」、「見られる」→「見れる」のような「ら抜き」現象がその一例であるが、これを「間違ったことば」ととらえるか、「ことばの進化」ととらえるか、様々な意見がある。このような時代にともなうことばの変化について、あなたはどう考えるか、具体的に説明しなさい。(800〜1000字)
(2017神田外語大 アジア言語学科 インドネシア語専攻・ベトナム語専攻・タイ語専攻)

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。「ことば」は時代とともに変わるというが、このような変化について吾輩は断固反対である。新しい言葉を発明したり文法を改変したりなど言語同断で、法律で厳禁するべきだと考えている。なぜなら、言語はコミュニケーションの手段であるのに、変化を許すと不便きわまりないからだ。

 まず共通語を学ぶための時間と手間がたいへんな無駄である。我々猫は、どこの国の出身だろうが、日本の猫とおなじくニャーニャー、ゴロゴロと同じひとつの言語を使ってコミュニケーションをとることができる。聖書を読んで知ったのだが、もともとすべての人間はひとつの言語を話していたらしい。ところが様々な言語にわかれてしまい、意思の疎通ができなくなったのだという。いまは英語が事実上の世界共通語である。日本の高校生は長い間英語を勉強しているが、あまりできがよろしくない。共通テストが悪い、4技能の民間テストを必須とするべきだ、いやダメだなど、連日大騒ぎである。この問題は、日本人が英語を公用語にしていないことに根本原因がある。人間とはなんと不便な生き物だろうか。

 もうひとつの理由は方言や俗語の存在である。吾輩は血のにじむような努力をして人間の言葉である日本語を身につけた。尊敬する國広正雄先生の言語学習法である「只管朗読」にもとづき、500回の教科書音読を繰り返したのである。また、NHKのニュースを録音して発音をコピーし、ついには完全に暗唱した。ところが、成果をためしてみようと街で人間に話しかけてみると、彼らの関西弁や俗語がまったく理解できないうえに、「まるで教科書みたいな話し方やな」とバカにされて笑われた。大変な屈辱である。NHKアナウンサーの標準語以外は、決して認めるべきではない。

 とはいえ、現実に様々な言語が使われているのも事実である。最近は街でもベトナム人やインドネシア人を見かけることが多くなった。これまた尊敬する故ネルソン・マンデラ元大統領はこう言われた。「共通語で話せば、その言葉は相手の頭に伝わる。相手の母語で話せば、その言葉は相手の心に響く。」吾輩が神田外語大に入学したあかつきには、再び「只管朗読」によってアジアの言語を身につけようと考えている。
(約940字)

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2019年11月28日

小論文チャレンジ01

「動物のゾウを知らない小学校4年生がいたとする。この児童に、ゾウとは何かを文章で説明しなさい。(図は不可)」
※字数制限なし(2018産業医科大医)

 今日はゾウという動物を紹介したいと思います。野生のゾウはアフリカの草原や東南アジアの森にすんでいます。4本足で歩く草食のほ乳類で、見た目はとても地味な灰色です。それなのに、動物園では子どもたちにとても人気があります。いったいなぜなのでしょうか。その秘密は2つあります。

 ゾウの最大の特徴は、陸上にすむ動物のなかではいちばん体重が重いということです。大きいものになると7トン以上にもなります。これがどれくらいの重さかというと、マツコ・デラックス50人分だと言えば想像できるでしょうか。背中までの高さは3メートルを超えることもあります。足の太さもまるで丸太のようです。あまりにも体が大きいために、百獣の王とよばれるライオンでさえ恐れをなすほどです。

 ゾウの第2の特徴は、鼻が地面に届くほど長くて、耳もとても大きいことです。この鼻は人間の手のように器用に動きます。エサを鼻先でつかんで口元までもってくることができますし、夏の暑いときには鼻の中にためた水をシャワーのように噴きだして体にかけることもできます。また、アフリカにすんでいるゾウはとくに耳が大きくて、暑くなると耳をばたばたさせて体をすずしくします。

 このようにたいへん個性的なゾウですが、いま野生のゾウの数はどんどん減っていて、このままでは絶滅してしまうかもしれません。そのわけは、象牙(ぞうげ)とよばれる牙(きば)がねらわれていることです。象牙は高級なはんこに使われていて、高く売れます。そのため、ゾウを殺して牙を手にいれようとする悪者がいるのです。一方ではゾウを守ろうとして、がんばっている人たちもたくさんいます。地球は人間だけのものではありません。ゾウなどの野生の生き物がいつまでもくらしていけるような豊かな自然を守る必要があるでしょう。

 以上で、ゾウの紹介をおわります。
(約800字)

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