2019年12月21日

小論文チャレンジ06

悲しみや恐怖など、否定的な感情を与える芸術作品が好まれることがあるが、それはなぜか。具体例を挙げて論じなさい。ジャンルは問わない。
※字数は推定800字程度
(2013東京藝術大学 美術学部 芸術学科)

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。吾輩は6歳のときにジャングルの冒険に興味をもち、動物たちの絵を描いた。それはゾウをまるごと飲みこんで消化中のボア大蛇の絵であった。ところが、その絵を見た大人たちに「それは帽子だろう」と馬鹿にされ、画家になるという夢を完全に否定された。代わりに文法を学べというのだ。大人というものは、なんてものわかりが悪いのだろう。彼らのせいで吾輩は絵画について語ることはできないので、ここでは文学について考えることにする。

 世界の三大小説といえば、ポーの『黒猫』、サキの『トバモリー』、そして漱石先生の『吾輩は猫である』だ。『吾輩……』はユーモア小説といってもよいが、『黒猫』はまさに恐怖を与える作品である。『トバモリー』の主人公は上流階級の英語を完璧に身につけた、吾輩が最も尊敬する猫である。しかし、最後には猫も英語の先生も死んでしまうため、やはり暗い影のある物語だ。ところが、そうした恐怖や暗さにもかかわらず、作者が亡くなったあとも、『黒猫』や『トバモリー』は世界中で読み継がれている。その理由は、これらの作品が読者にカタルシスを感じさせるからである。

 カタルシスとは古代ギリシャのアリストテレスがギリシャ悲劇を評して使った言葉で、魂が浄化されることを表している。悲劇や暗い小説を鑑賞することで魂が浄化されるのは、人は誰でも人生のどこかで悲劇を体験したり、大きな過ちを犯したりするからである。登場人物(や登場する猫)に感情を移入し、読者はいっしょに浮き沈みや恐怖を経験する。ときには涙を流すことによって、最終的にはネガティブな感情が洗い流されるのである。

 このような理由で、悲しみや恐怖を与える文学作品、あるいはその他の芸術作品が好まれることがあるのだと  私  吾輩 は考える。
(約780字)
posted by a cat at 22:06| Comment(0) | 日本語小論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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